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新海誠監督がインタビューで語る、天気の子に込めた真の想いとは

新海誠監督の大ヒット映画「天気の子」。

 

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TBSテレビのNEWS23が放映した新海誠監督のインタビューをYouTubeでアップしてくださっている神様な方がいたので、インタビュー内容を文字に起こしてみました!

より多くの人へ新海誠監督のメッセージが伝わりますようにっ!

 

新海誠監督インタビュー全貌

▽こちら、インタビュー動画です。


『天気の子』新海誠監督が“叫びたかった”こと「許しの物語」

 

▽下記、原文です。

小(小川彩佳アナウンサー)続いては、わたしたちの番組のオープニング映像にもご協力いただきました映画監督の新海誠さんとの対談です。最新作「天気の子」について、その根底に現代社会の様々な問題が投影されていること、そして、監督のある強い願いが込められていることを語ってくださいました。

 

N(ナレーション):監督が明かしてくれたのは、映画『天気の子』の根底にあるもの。7月の公開からすでに興行収入117億円。観客動員数も880万人を突破した大ヒット映画「天気の子」。新海誠監督は作品に何を込めたのかを語ってくれました。

天気の子で描かれるのは、異常気象に見舞われ、雨が降り続ける世界。

伊東から家出してきた少年穂高は、ある日、祈ることで晴れにできる少女陽菜に出会います。

バランスを失っていく天候、その世界で2人がどんな生き方を選択するのかが描かれます。

監督によれば、この雨が降る世界は、昨今の温暖化による気候変動や、局地的な豪雨に見舞われる現実社会を投影したものだといいます。

 

新(新海誠監督):小川さんや報道の方々が「直ちに命を守る行動を取ってください」とか、そういう言葉を聞いたことが「天気の子」をつくる1つの大きな理由にもなったと思うんですよね。エンターテインメント映画とはいえ、世界がおかしくなってしまいましたという風に映画が始まって、でも最後、世界が元に戻りましたということ自体が無責任なような気がしたんですね。僕たちは僕たちの子供の世代に元に戻った世界を渡せるわけじゃないわけですよ。

 

N:そしてもう1つ。降り続ける雨は、あるものの例えでもあります。

 

小:降りしきる叩きつけるような雨を映像の中で見ていると、どこか時代の空気を映しているように私には見えまして。炎上という言葉が出てきて久しいですけれども、必要以上に叩かれたりとか、集中砲火を浴びて完膚なきまでに打ちのめされるという・・・

 

新:僕も同じようなイメージはもっていて、アニメーションの中で描くものって、やっぱりそれはただの雨ではあるんだけれども、何かの比喩だったりするんですよね。人の願いや想いというものは、誰かが制限できるわけではないと思うんですよね。でも、SNSのような「私は今怒っている、ムカついている」みたいな感情が全部透明になってしまうと、なんだか内心の自由まで侵されているような気持ちになるわけです。こういうことを考えちゃいけないんじゃないかっていう。人の内心を誰が裁けるんだろうということは作っているときにずっと考えていたんです。もちろん行動には常に責任がつきまとうし、どんなことでも許されるわけではないけれども、どんなことでも考えられる動物ではあるわけですよね。どんなことでも望むことはできる。そのことが人間の美しさだったり人間の強さにつながっているところもあると思うんです。

 

N:天気の子をつくるとき、人の内心は裁けないと思っていたという新海監督。そう思うきっかけになったのが・・・

 

新:「あ、こんなに窮屈なんだ」ということを、君の名を出したときに実感しました。

 

N:日本映画史に残る大ヒットとなった前作「君の名は」。

映画では、大災害から街を救おうとする主人公たちが描かれていきます。こうした設定に、批判を受けたのです。

 

新:こんなこと考えてるの?こんな風に災害というものをエンターテインメントの装置に利用しちゃうの?そんなことそもそもダメだよ、とか。「君の名は」というのは、願いや祈りの結晶のような映画として作ったつもりだったんですけれども、願うことを叱られたような気がして。それへの息苦しさ、反発のようなものは、天気の子につながっているんだと思います。

 

N:「君の名は」で受けた批判への答え。

雨が降り続ける世界で、穂高と陽菜が、生きていくために何を選択するのか。

映画でしか言えないセリフを主人公・穂高が叫び、映画の幕が下りるのです。

 

新:現実で叫んだら一斉に炎上してしまうような言葉、現実で叫んだら「そんなこと考えることすらダメだよ」という言葉も、エンターテインメント映画の中であれば叫ばせることができると思いましたし、天気の子の中での少年の叫びが、ある意味では僕自身の叫びだったりもすると思うんですけれど、本当に願っていることを言うと誰かを不快な思いにさせてしまうということはどうしたってあるなと。そのことは引き受けなければいけないんだろうな、と思います。たとえば世界が変わってしまったとしても、おかしくなったとしても、その中で、無根拠でもいいから「大丈夫」だと言って笑い合って恋をして生きていくような若い人達を登場させる。それは君たちに大丈夫であってほしいという願いだったりもする。

 

N:映画については、賛否さまざまな反応があります。新海監督自身、制作発表の場で・・・

 

新:多分見た人の意見が分かれる映画かなとは思います。

 

N:舞台挨拶で全国を周る新海監督には、直接様々な感想が寄せられるそうです。

こうした人の受け止め方について、新海監督は、強いるものではないと語ります。

 

新:「こうしなければいけない」と伝える作品にはしたくないと思います。こうじゃなければいけない、こう生きなければいけない、そういうことを伝える映画は僕にはできない。人の心は自由であっていいと思うし、人の心は自由であるべきだと思います。

 

N:監督にとって「天気の子」とはどのような映画だったのでしょうか。

 

新:「許しの物語」と言えるかもしれないですね。そういうことを描いちゃいけないと言われる機会も増えてきた気がして。でも、それを裁けるのは誰なんだろうと思ったりするんですよ。間違えてしまった人を一斉に叩くような流れがあったとして、裁くという機能も社会には必要だとは思うんですけれども、許したり受け入れたりする機能も同時に必要なわけですよね。君が何を選択しても、何をやったとしても、何を叫んだとしても、僕が君の大丈夫になるから、横にいるよ、と言ってくれる人がいてほしいし、誰の目の前にもそういう人がいてほしいなと思います。じゃないとあまりに生きるのがしんどいんじゃないか、と。

 

N:今の世の中で、自分の意見を叫ぶことを描けたことに、新海監督は・・・

 

新:天気の子という映画が存在しなかった世界と存在した世界があって、存在した世界の方が僕はいい世界のような気がするんですね。作ってよかったとは、思ってるんです。

 

小:雨や空模様というのは、否が応にも人の心に侵食して、その日そのときの気分を無意識のうちに変えてしまうものですけれども、世の中の空気というものも一緒だと思うんですね。そうした雨の憂鬱はこれからもふりきることはなかなか難しいかもしれないしできないかもしれない。でもその中にあっても、自分が大丈夫と思える人と手を取って、自由にやわらかく日常を重ねる。そう自分もありたいし、これからを生きる若い人たちにもそうであってほしい。「君の名」が人々の願いや祈りの結晶であるならば、「天気の子」は、新海さんご自身の祈りそのものだったんじゃないかなと感じました。

 

---おわり-----------------------------------

 

映画「天気の子」のDVD/Blu-rayが、いよいよ2020年5月に販売開始します。

ファンとしては楽しみでたまりません...気になる方はぜひっ!

 

            

△ 左(Blu-ray)、中央(DVD)、右(初回限定・Blu-ray

※この他にも、スペシャル・エディションなど、色々なバージョンがあります。

 

ではではっアディオス!

 

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