Finding Oasis in the Middle of the Desert: Life Lessons Learned from Dubai and Abu Dhabi
独立しても生きていける収入源がほしいということで、懐を肥やすためにリッチマンが集うドバイに行ってきました!
…
というのは冗談で、姉と2人でドバイ・アブダビ旅行に行ってきました!(懐を肥やすどころか懐が減っていきました… 野口さんを何枚失ったことか…)
ドバイ・アブダビで得た最大の収穫は石油王との出会い…
ではなく、以前から抱いていた「生きる原動力ってなんだろう」とのモヤモヤへの答えでした。
I. 劣悪な環境にいたら人も劣悪になるの?
「人って結局は環境に左右されてしまう生き物なのかな。もしそうだとしたら、劣悪な環境にいるとき、どうやって自分らしくいられるんだろう?一体何を生きる原動力にすればいいんだろう?」
ドバイ・アブダビに行く前は、こんなモヤモヤを秘めていました。
2017年8月に入社してから約10ヶ月にわたって携わっていたプロジェクトでいろいろと思うところがあり、激務の中でイライラムードがちらほら勃発する職場の中で、理不尽なことを幾度か経験しました。
そんな中、「理不尽にキレられたらキレ返す」というような、「目には目を」的な人間になってしまっている気がしていました。
理不尽にキレられたのに優しく対応していたら、きっとナメられてもっと理不尽な言動をしてくるかもしれない…
それに、キレ返したらきっと相手も自分の言動を省みるだろう…
そう思いながら「キレ返す」自身の行為を許してしまう中で、「いちいち周りの環境に振り回されていたら、自分まで嫌なヤツになってしまう」なんて危機感を感じていました。
以前のブログ記事でも書きましたが、人生において嫌なことが起きても挫けずに前進し続けるためには、生きる意味や生きる目標よりも、「生きる指針」が大切だと考えています(詳しく知りたい素敵なマニアックな男子/女子は、ブログを始めて1番最初に書いた「23歳でやっと気づいた、「生きる意味探し」より大切なコト」をご覧ください。ちなみに生きる指針の内訳は、こんな感じです▼)
・こんな人でありたい(名詞)
・こんなことをしていたい(動詞)
・こんな気持ちを感じていたい(形容詞)
そして自身の中では既に「こんな人でありたい」を定めたつもりでしたが、激務の日々を送る中で、「こんな人でありたい」をまったく体現できていませんでした。
自分のことで精一杯で、思いやりを保ていない日々。
そんな中で浮かんだ疑問。
生きる指針があっても、生きる原動力がなければ意味がない。
たとえば、北極星を目指して砂漠を歩こうとしても、原動力がなければ足を動かせないのと同じ。常に前進する必要はないにせよ、原動力がなければ、周りの環境(砂嵐)に流されて、本来自分が目指していたのとは真逆の方向に進んでしまうかもしれない。
でも、劣悪な環境(砂嵐)の真っただ中にいるとき、一体何を生きる原動力とすればいいのか。
あまりにもひどい環境にいたら、自分が抱いていた「こんな人でありたい」なんて理想を保ち続ける余裕なんてなくなり、結局は環境に左右されて自分も劣化してしまうのか…
そんな中、ドバイ・アブダビ旅行は大切なことを教えてくれました。
II. 砂漠の中にもオアシスはある ~思いやりピーポーに出会って気づいたこと~
ドバイ・アブダビで出会った人々は、みんな魅力的でした。
とにかく魅力的でした。
大事なことなのでもう1回言います、魅力的でした!(←そろそろしつこいですね… 気づくの遅くてかたじけない…)
1)姉がタクシーにカメラを忘れてしまったときに出会った思いやりピーポー
みなさんは、灼熱のドバイにおいて友達の友達が何か忘れ物をしたとき、どれだけ付き合ってあげられますか?
というのもですね、そう、ドバイで姉がタクシーにカメラを忘れました。笑
今だからこそ笑っていられるのですが、当時はそれはもう大変。
その夜はドバイでインターンシップをしている友達Aくん(イギリス生まれ、イエメン・ドバイ・カナダ育ち!なので正式な国籍はわかりません笑)とディナーをする予定だったのですが、夕食の席では姉の落胆した表情… 結局ディナーの時間を割いてタクシー会社に電話してもらい、カメラがなんと奇跡的に見つかったとのことで、ディナーの後にADDRESS HOTEL前でタクシーが来るのを待っていたのですが…
タクシーがなかなか来ない!
地元のタクシー会社のはずなのに、ドライバーがホテルの場所がわからないだのなんだので、なかなか来ず…
「こんなに来ないのはおかしい。メーターを稼ぐ(たくさん走ってその分を請求する)ためにやってるんじゃないか?」
と呟くAくん…
そんな中、ADDRESS HOTELのホテルマン(かの有名なおチビつるつる系キャラクター「ミニオン」のボス「グルー」とMr. Incredibleを掛けあわせたようなフレンドリーなルックスの方!)が声をかけてくれました。
「どうしたんだい?」
理由を説明し、タクシードライバーとの電話でのやりとりにも参戦してくれて…
なんだかんだカメラは取り戻せたのですが、友達Aくんには3時間ぐらい「カメラ取り戻し大作戦」に付き合ってもらうことに…
*ちなみにカメラを待っている間の外気の温度は約40度でした…
ありがとうAくん、ありがとうADDRESS HOTELのホテルマンさん!タクシードライバーの人がメーターを稼ぐために長距離走ってからカメラを届けに来てくれたのかどうか、真意はわかりませんが、それでも無事にカメラを届けてくれたタクシードライバーさんもありがとう!
こんな出来事を通じてわたしは思ったのです。
他人のためにこれほど一生懸命になってくれるなんて…
損得ベースではなく、思いやりベースで動ける人って素敵だなあ…
ということで、みなさん、ドバイに行く際はぜひADDRESS HOTEL(世界最大級のドバイモールの隣にあります)にご宿泊ください!きっとグルー似のナイスガイに会えますよ!
2)熱暑からの避難所(地元のショッピングモール)で出会った思いやりピーポー
真夏のドバイはとにかく暑いんです。はい。
ドバイ出身の友達にも「外を歩くなら朝7:00から10:00の間に行動した方がいい(←え、たった3時間!?)」と忠告を受けるほど…
ドバイ2日目のお昼、スーク(=市場)で純金のネックレス(自分の名前をアラビア文字で表した三日月形のペンダント!)を買うという偉業を成した後(わたしの銀行口座よ、かたじけない…)、暑すぎて姉と2人で地元のショッピングモールに避難。
すると、なんとも面白いことが起きました。
モール内の4人がけベンチに座ったやいなや、隣にフィリピンから来た2人組がやってきました。
会話の中身を話しても仕方がないので割愛しますが、2人はとってもフレンドリーで、仕事を探しにドバイにやってきたと言っていました。
1人はわたしと同い年の24歳で、既に2児の母。下の子はたったの10ヶ月。
フィリピンでは仕事がないから、ドバイに仕事を探しに来たそう。
もう1人は29歳。ドバイで2年間働けばヨーロッパでも仕事をゲットしやすいから、ゆくゆくはフィリピンにいる恋人と結婚して一緒にパリに住みたいと言っていました。
日本での社会人生活2年目のわたしは、「海外で働く」というキラキラドリームを忘れかけていましたが、2人のおかげで「やっぱり海外で働きたいな」と勇気をもらいました。
そして30分ぐらい話した後の別れ際、「フィリピン語で”美しい”は「maganda」っていうのよ!」と教えてくれたので、「maganda!」と言って別れました。(←きっとそう言ってほしかったのでしょう、magandaと言ったら満面の笑みで去っていきました!笑)
ああ、いいなあ…
日本でもこういった知らない人とのほっこりした出会いはあるのかもしれませんが、中高6年間はインターナショナルスクールで過ごしたからか何なのか、英語で話しているときの方が自分らしくいられるというか、ジョークを言いやすいというか… とにかく、海外にいると知らない人とのカベが低くなる気がしていいなあ… と思うのでした!
そして「maganda~」と言って別れたと思ったら、今度は3人の男性グループがやってきました。
その中の1人と思いっきり目が合い、「写真を撮ってくれる?」と言われたので、なかよし3人グループの写真をパシャリ。
すると「君たちの笑顔ステキだね!とってもinnocent(純粋無垢)だよ!」と言われ… またまた会話が始まりました。笑
*あ、決してわたしはinnocentではありませんよ!24年も生きていれば少年少女の心は… いえ、保ちます、保ちましょう!
そして一緒にモール内のマクドナルドでアイスクリームを食べました(アイスクリームを奢っていただきました)。
これまた会話の中身を話しても仕方がないので割愛しますが(そう言って割愛しないパターンやん… と思った方、やっぱり鋭い、なぜ…)、
3人はネパール出身だそうで、ドバイではダンスクラブ?を経営しているそう(1人は経営管理者、2人はダンサー)。
自身のダンスユニット「Nepali boyz」のビデオ@YouTubeを観せてくれて、自由に楽しく生きている姿にこれまた刺激を受けました。
▼2:02ぐらいからがオススメ!実際にモールで会って話した人は真ん中の黒いTシャツの人で、この方がダンスを教えているそう(他の2人は恐らくビデオには映っていません)。本人のfacebookを覗くと、さらに磨かれたダンス動画が観れます(観たい方はぜひご連絡を!笑)
(べ、別にアイスクリームを奢ってもらったから宣伝しているワケではないですよ!本当に才能があるからですよ!)
夢に生きている人はいいですね… ステキ!
3)家族と会える時間は1年に2ヶ月…!インド・パキスタンから家族のために出稼ぎでやってきた思いやりピーポー
余談ですが、ドバイに来る前に映画「SEX AND THE CITY 2」を観たんです。
なぜかというと、そりゃもう、ロケ地がアブダビだから(←予習のため)!!!
映画で印象に残ったシーンといえば…
アブダビの超高級ホテルに滞在していた主人公のセレブ女性4人のうちの1人であるキャリーが、夫とのすれ違いに思い悩んで夜眠れなかったときのこと。
ホットミルクでも飲もうと起き上がったキャリーがキッチンに行くと、そこには主人公たちの付添人であるインド出身のホテルマンが。
「早く奥さんの元に帰ってあげて」とキャリーが言うと、「家族はインドに住んでいるから大丈夫」とホテルマン。
年に2ヶ月しか会えなくて、ちょうどこの前インドから戻ってきたとのこと。
「私がホットミルクを作りますから、大丈夫です。」
そう言ってホテルマンが鍋で牛乳を沸かす背中が、とても切ない。
…
はっ!すみません、今ブログの世界に戻ってきました。
なぜこの話をしたかというと、ドバイ、そして後半に訪れたアブダビでは、まさに映画に出てきたような方々に会ったからです。
ドバイは猛暑かつタクシー代も日本に比べると安いので、ちょくちょくタクシーに乗っていたのですが、
「Where are you from?」
と聞かれるので、
「Are you from here (Dubai/Abu Dhabi)?」
と聞き返すと、出会ったドライバーさんは全員インドかパキスタン出身だ、と答えるのでした。
そして話を聞くと、奥さんと子どもは祖国にいるそう。そして映画で観た通り、家族に会えるのは1年にたった2ヶ月…
自分自身も太平洋をまたいだ大陸違いの遠距離恋愛経験者とはいえ、1年に2ヶ月という数字がいかに酷なことか…
ドバイからアブダビに行くときは節約するためにタクシーではなくバスに乗ったので、アブダビからドバイへもバスで帰るつもりでした。
でも、バス停までタクシーに乗ると(←そこはタクシーなんかい!って感じですが笑)、
「アブダビからタクシーで帰った方がいいよ、値段はバスとそんなに変わらないし、タクシーの方が楽だよ!ディスカウントしてあげる。」
と言われ…
姉を説得し、タクシーで帰ることに。
正確な数字はわかりませんが、言葉通りディスカウントしてくれて、1,000円~2,000円ぐらい安くしてくれました。
そのドライバーさんも家族はパキスタンにいると言っていて、運転中に奥さんと会話するシーンも。
ドバイまでの道中は「好きな音楽を聴いていいよ!」とiPhoneのケーブルを貸してさえくれました。
出稼ぎで来ているのに、ディスカウントもしてくれるなんて…
確かにアブダビ~ドバイ間のお客さんをゲットできただけでも大きな収穫かもしれないけど、それにしても…
ありがとう、ドライバーさん。
たくさんの素敵な人々に出会って、いつの間にか彼らが「生きる原動力」になっていました。
日本に帰ってしばらくしたら、出会ったときの感動を忘れてしまうのかもしれません。
ちょっと大げさな言い方かもしれませんが、それでも今は、ドバイでの出会いがちょっとした「生きる原動力」になっていることは確かです。
III. 1歩外に出れば必ずオアシスはある。そしてあわよくば誰かのオアシスになる。
ドバイ・アブダビに行く前は、日本で悶々としていました。
生きる原動力ってなんだろうって。
ドバイ・アブダビに行く前は、仕事に忙殺される中で悶々とした日々を送って、「どんなに辛い状況でも変わらずに自分を支えてくれる原動力」を探していました。
ただ、「支えてくれるもの」が途中で「支えてくれないもの」になるのが嫌で、そう考えたときに「人」を原動力とすることはやめた方がいいんじゃないか…
なんて思っていました。
性悪説なワケではありませんが、人は裏切ることもあれば、嘘をつくこともある。
たとえ家族や恋人、友達であれど、いつも100%支えてくれるとは限らない。
でも、なんだかんだ人が原動力となって生きてきたこともあり、人を越える原動力がなかなか見つからない…
そんな中ドバイ・アブダビに行って、肩の荷が軽くなりました。
井の中の蛙だったら、井の中に自分を励ましてくれる人がいなければ、たちまち生きる原動力を失ってしまうかもしれない。(←もちろん日本でも支えてくれる人はいました!ただ、仕事で忙しいとそんな人たちに会える機会も少なく…)
でも、1歩外に出れば、こんなにも広い世界(砂漠)が広がっている。
そして、自分の夢を生きている人がいる。
家族と離れていても、家族のために仕事に励む人がいる。
だから、井の中の水がなくなって水不足になったら、旅をすればいい。そして出会った人々に潤してもらえばいい。
どんな砂漠にも、必ずオアシスはある。そしてオアシスがないのなら、自分がオアシスになればいい。
*オアシス=誰かを元気づけられる人(←クサいフレーズでごめんなさい)
あと、ドバイ・アブダビ旅行を通じて、少しわかったことがあります。
それは、「言葉以外の方法で伝えたい」と言っていた友人の言葉。
しかも1人ではなく複数人。
ブログを書いていることもあって、思いを言葉にして整理すること・伝えることは大切なことだと思ってきました。
言葉にすることで誰かが反応してくれて世界が広がることもあるし、言葉にすることで自分を縛る(言ったからにはやらなきゃという有言実行マインド)こともできる…
確かに口だけで行動が伴っていなければ、それはバッシングなり炎上なり恥なりにあたるかもしれない。
でも、人生何があるかわからないし、生きていれば途中で考えが変わることもある。だから自分が言ったことをすべて忠実に実現できるかはわからない。
それに実行できると確信が持てないことしか言葉にしないのはなんだかもったいないしつまらない。
その瞬間に「本気で信じて放った言葉」であれば、その言葉通りに物事が進まなかったとしてもそれは嘘にはならない。
そんな風に思ってきたので、自分の想いを言葉にすることを拒む友人をなかなか理解できずにいました。
「いつかは理解できるときが来るだろう。」
そう思っていたら、その「いつか」は案外、いえ、とっても早くやってきました。
数字では伝えきれないものがあるように、言葉では伝えきれないものがある。
数字と違って言葉は抽象的な概念も伝えることができる、と思っていましたが、特定の文字の中に意味を詰め込むという意味では、ある意味言葉も数字と同じ。
数字と同じように、言葉も抽象的な概念を特定のカタチにはめ込む型だとすれば、言葉では表しきれないものもあるんだろうなあと思います。
そして言葉で表そうとしたときに、はめ込めきれない感情があるんだろうなあと…
日本語には「背中で語る」という言葉がありますよね。
友人が体現したかったことは、まさにこの「背中で語る」ことなのかなあって…
ドバイ・アブダビで出会ったタクシードライバーさんの背中を思い出します…
ただ、ふと思ったのですが、彼らが「インド・パキスタン出身で、家族に会えるのは年に2ヶ月」という情報は、彼らが言葉にして伝えてくれたからこそ知ることができました。そしてその事実を知ったからこそ、彼らの背中からはより多くのものを感じました。
だから、これからも「言葉にすること」は続けますが、それと同じぐらい「背中で語れる」ようになれたらいいなあと思います。
(ブログのこの長文が背中の写真1枚に変わる日が来ることを信じて… それじゃさすがに伝わらないかもしれないですね… むむ)
そして…
ドバイ・アブダビで出会った人々がオアシスになってくれたように、自分も誰かのオアシスになれたら嬉しいです。
(いやいや、「なれたら」じゃなくて「なる」のだよ!むしろ「である」を目指すのじゃよ!なんて天の声が聞こえた気がします…)
とにかく、ドバイ・アブダビピーポー、ありがとう!
心が乾いたら、ドバイ・アブダビに訪れることをおすすめします。それではおやすみなさい…zzz