北極星のみつけかた|yuzubaby

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北極星のみつけかた

映画『君は月夜に光り輝く』で響いたセリフと小道具の使い方

本日は中秋の名月ということで、映画『君は月夜に光り輝く』を観ました。

脚本を学ぶ身として、備忘録用に響いたセリフと小道具を紹介します!

 

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映画『君は月夜に光り輝く』で響いたセリフたち

セリフ① グミ食べたい

クラスメイトがまみず宛に書いた励ましのメッセージの色紙。

なぜかまみずと面識のない卓也が色紙を渡す当番を任され、まみずの病室を訪ねる卓也。色紙を渡した後に帰ろうとする卓也に対して、「待って!」と呼び止めるまみず。紙に何やら文字を書き(連絡先?)、卓也に渡すまみず。その紙に書いてあったのは、連絡先ではなく、まさかのこのひとこと。

グミ食べたい

グミを買ってきてくれるかもしれない⇒そしたらまた会える。

そんなまみずの淡い希望が「グミ食べたい」の6文字に詰まっていて、微笑ましい。

 

セリフ② まみずって何カップ

まみずの病室で、置いてあった女性誌をパラパラめくる卓也。

雑誌のとあるページには、三角の折れ込み、そしてサマンサタバサの赤い靴。

何も言わないものの、きっとまみずはこの赤い靴が欲しいんだろうと察した卓也が発したこのひとこと。

まみずって何カップ

 

本当に知りたいのは、まみずの足のサイズ。

だけど、いきなり足のサイズを聞いたら靴をプレゼントしようとしていることがバレるかもしれないと思って、あえて胸のサイズを聞いちゃう不器用さが青臭いけどかわいい。

 

セリフ③ これさっき道で拾ったんだけど

まみずのために奮発してサマンサタバサの靴を買い、病室を訪ねる卓也。

照れくさそうにサマンサタバサの袋をまみずに渡しながら発したひとこと。

これさっき道で拾ったんだけど

「道で拾ったんじゃなくてあなたが買ったんでしょ!」と思わずツッコみたくなりますが、いかにも思春期真っ盛りのシャイな高校生らしくてかわいい...!

 

セリフ④ こんなところに閉じ込められて死ぬのを待つだけなんて、残酷じゃないですか?

病室にずっと閉じ込められているまみず。

次の検査で結果がよかったら外出できるかもしれない、そしたら卓也にプレゼントしてもらった赤い靴を入って、海に行きたい、そして浜辺で月を見たいと言っていたまみず。しかし、結局検査の結果は芳しくなく、外出許可が下りなかった。

夜、卓也は友達から借りた天体望遠鏡を担いで病室に向かう。

病室に向かう途中でまみず専属のナースに見つかり、面会はもう終わってる、まみずに刺激を与えるのはよくないと卓也を叱るナース。

そんなナースに対して卓也が発したひとこと。

こんなところに閉じ込められて死ぬのを待つだけなんて、残酷じゃないですか?

両親もナースも、1日でも長く生きることがまみずにとっての幸せだと考えている。

だけど、 なんの喜びもないまま1日中ベッドで過ごすことが幸せだとは限らない。

少しでもまみずの喜ぶ顔を見たくて、まみずが生きている間にやりたいと言っていたことを叶えてあげたくて、大人が定めたルールを破ってでもまみずへの想いを貫こうとする卓也の姿に胸が打たれます。

 

セリフ⑤ この病気の研究のためにモルモットになるの

病院の屋上で卓也と月を眺め、つかの間の幸せなひとときを過ごした2人。

しかし、屋上でまみずの体調が急変し、倒れてしまう。

稀な病気なだけに、病気の正体を解明したいがため、病院からは患者としてだけでなく調査対象としてみなされていると感じるまみず。

治療のためではなく、調査のために、脊髄に注射され体液を採取されるまみず。

そんなまみずの心情が滲み出た儚いひとこと。

この病気の研究のためにモルモットになるの

 

セリフ⑥ もう来ないでほしいの、私のことなんか忘れて楽しく生きてよ

いつ死ぬかわからない自分と一緒にいたら、自分がいなくなったときに、卓也に打撃を与えてしまう。卓也を悲しませないために、これ以上深入りしない方がいい。卓也のことが本当は好きだけど、卓也のことを思うと、きっともう遇わない方がいい。そう考えたまみずが発したひとこと。

もう来ないでほしいの、私のことなんか忘れて楽しく生きてよ

「もう来ないでほしい」なんて、本心じゃないことは明らかだけど、卓也もきっとそれはわかっているんだろうけど、やっぱり好きな人からこれを言われたら辛いだろうなあと... まみずも辛いけど、卓也も辛いだろうなあ...

 

セリフ⑦ まみずも一緒に行こう

学園祭の出し物で、ロミオとジュリエットをやることに。

卓也は、まみずとの以前の約束を果たすべく、自らジュリエット役に立候補。

「卓也が(まみずのために)ジュリエット役をやる」と友達から聞いたまみずは、学園祭の当日に卓也にビデオ電話をかける(ビデオに映るのは、ジュリエット役に女装した卓也の姿)。学園祭に出られないまみずのために、スマホの画面を宙に掲げて歩き出した卓也が発したひとこと。

まみずも一緒に行こう

スマホは小道具としてイケてないと言われがちですが、スマホという文明のおかげでまみずはあたかも学校にいるかのような疑似体験ができたわけで...

ジュリエット役を必死に努める卓也をまみずが観られるように、スマホをちょこんと観客席に置いてるシーンは、とてもかわいらしかったです。

  

セリフ⑧ なあ、ちょっと言ってみてよ。娘さんをくださいって

まみずの父を訪ねた卓也。

卓也に対して、「娘は普通に大きくなって結婚するもんだと思ってた。君みたいな青年が来て、娘さんをくださいって言われる日が来ると思ってた」と切なそうに呟くまみずの父。

そんなまみずの父が発したひとこと。

なあ、ちょっと言ってみてよ。娘さんをくださいって

まみずと卓也が病院の屋上で月を眺めていたとき、まみずも同じようなことを卓也に言ってた。「ロマンチックなこと言ってみて。プロポーズしてみて」と。親子似てるなあとしみじみなったシーンでした。

 

セリフ⑨ 私に生きる喜びをくれたのは君でした

生きる喜びを知ったところで、生きることへの執着が湧いてしまうだけ。

それならいっそ生きる喜びなんか知らない方がいい、生きることへの憧れや希望なんかない方がいい。そう言い聞かせていたまみずだけど、卓也に出逢ったことで、たとえ残された命が短いとしても、生きる喜びを知ることは素晴らしいと思うようになったまみず。そんなまみずが発したひとこと。

私に生きる喜びをくれたのは君でした

卓也に出逢ったせいでもっと生きたくなったけれど、それでも生きる喜びを最期に知ることができてよかった。何気ないフレーズだけど、まみずの口から発せられた言葉だからこそ重みを感じます。

 

映画『君は月夜に光り輝く』に登場する印象的な小道具

スマホ

この映画では、スマホ=連絡用ツールというより、まみずが卓也とのデートをビデオ通話で疑似体験するためのツールとして描かれています。卓也が胸ポケットにスマホを入れて、GoPro的な感じでスマホを使って外の景色をまみずに見せたり、スマホを観客席に置くことで、学園祭の演劇をまみずに見せたり... スマホの使い方が美しいな、と初めて思いました。

 

② スノードーム

まみずが大切にしていた、父からもらったスノードーム。

このスノードームを卓也がうっかり落として壊してしまうことから、卓也とまみずの2人の物語は始まるので(詳しくは映画を観てくださいっ)、スノードームは2人にとって思い出の品。まみずが亡くなってしまった後、卓也は母と車で海に行き、海辺でまみずがスマホに録音していた音声メッセージを聞くのですが...

車には卓也が自ら作ったハンドメイドのスノードームが置かれているのですが、そのスノードームの中にいるのはウェディングドレス姿のまみずと白タキシード姿の卓也。

切ない...

  

映画『君は月夜に光り輝く』が教えてくれること

私たちに必要なのは、生きる意味じゃなくて生きる喜びー

そう思わせてくれる映画でした。

 

まみずの母は、映画の冒頭で「喜びもあの子にとってはストレスになるから、なるべく刺激を与えないでほしい。1日でも長く生きてほしいから」と卓也に言うのですが、感情を押し殺したまま1日でも長く生きることが本当に幸せなのかなあと考えさせられました。誰のことも想わず、誰からも想われずに生きる100年と、誰かを想い、誰かに想われる10年だったら、どっちの方が幸せなんだろう?みたいな。

 

あと、時に人は、相手を思うがあまり、本心とは真逆のことを言ってしまう。もし誰かにひどいことを言われたら、言葉をそのまま鵜吞みにするのではなく、言葉のウラに隠された本当の気持ちを汲み取れる人でありたいなって思いました。

 

あと... 前までは、「もうこれ以上やり残したことはないぜい」って思えるような、悔いのない人生を送りたいと思っていました。でも、この映画を観て思ったことは...

生きることに執着していいってこと。

 

後悔のない人生なんてかっこいい終わり方を目指さなくてもいい。生きたい、もっと生きたい。本当に幸せだった、だから生きたい。最期の瞬間に、そう思っていたい。

そんな風に思いました。

 

ではでは!中秋の名月を楽しんできます!(もう遅い)