北極星のみつけかた|yuzubaby

自称宇宙人のゆとり世代が書く雑記ブログです。

北極星のみつけかた

好きなことが本業ではないとき、本業に求める「顧客」の基準

Resetting Criteria on "Whom You Work For" When Your Job Is Not Your Favourite

 

好きなことをして生きていきたい。

 

第1回目の投稿ではこう言い放ちましたが、好きなことを「本業」として生きていきたいのか、「副業または趣味」として生きていきたいのかについては書きませんでした。

 

え、そこまで詰められていなかったなんて考えが甘いぞバカヤロー?

 

またまた鋭いツッコミありがとうございます

 

I. 若いうちは仕事を選ばず働くべき?

 

結論からいうと、好きなことがあるんだったら本業にしちゃえばいいんだと思います。

 

え、そんな簡単にうまくいかないぜバカヤロー?

 

いやはやナイスツッコミ第2弾ですね

 

(ちょっと先週の仕事の疲れで文章力がいつにも増して衰えている気がしますが、それでもこの8行目まで読んでくださったみなさまには、帽子を脱ぎます(あ、脱帽という意味です。まず日本語を学び直さないとですね...))

 

ゆくゆくは好きなことを本業にしたいけれど、わたしの好きなことである「書くこと」と「旅すること」を本業にするためには、ちょっと本腰を入れる必要がありそうという事実に気づきました笑。あと、新卒1年目(そろそろ2年目ですが... 時の流れは早いですね。ハーマイオニーの時間を巻き戻す時計がAmazonで売ってたら...)の身としては、いわゆる「転職 or 独立して好きなことを本業にするほどのスキルと経験を身につけたのかどうか疑問」に悶々としています。

 

スキルと経験なんて、自分がやりたいことをやっているうちに後からついてくるものなのかもしれませんが...

 

「好きなことをして生きていきたい」スタンスに変わりはありませんが、今までの人生を振り返ったとき、「自分が必ずしも好きではなかった or 意義を見出せなかった環境においても、あのときもう少し本気を出して打ち込んでいたら、今になってきっと何かしらの役に立ったんだろうなあ」と考えるシーンはちらほらあります。

 

今までの経験を踏まえて、本当に合わなかった環境からは一刻も早くお別れを告げて新しい環境に行った方がよいと考えていますが(ゆとりアゲイン笑)、完全に自分がやりたいことを実践できる環境ではないからといって、サボるという意味で力を抜いていたら、結局楽しめないしほとんど何も得られないのではないかなあという気がしています。

 

一方で、「きっとこの環境からも何かしら得られるものはある・楽しめる場面もある」と考えてがむしゃらに働いていたら、あっという間に年を取ってしまう気もしています。

 

そして1番怖いのは、「自分の過去はなんでも肯定してしまう」現象が起きることです。

 

というのもですね、よく「今から振り返るとあれもいい経験だった」って言葉をよく聞きますよね?

 

たとえば山登りの経験。

 

山登りをしている最中は、「なんでこんな辛いことしようと思ったんだろう。あ〜家に帰ってあったかい湯船に浸かってベッドでゴロゴロしたいわ〜」なんて思ったとします(山登り好きの方はきっと山登りの行為自体も楽しまれてますよね、ごめんなさい... わたしも小学校時代は毎年遠足で山登りに行っていたので、山登りは好きですよ!)。

 

でも、山を登りきったときの風景だったり、山登りの苦悩(と楽しさ)を一緒に共にした仲間だったり...

 

山登りの思い出は、きっと後から振り返ったとき、「今から振り返るといい経験」カテゴリに分類されると思います。

 

しかし、中には「確かに今から振り返るといい経験だけど、他にももっといい選択があったのかも。でも、きっとあのときの経験は今の俺・わたしに必要だったに違いない」カテゴリに分類されるものもあるんじゃないかなあって。

 

何が言いたいかというとですね(結論から言わずにすみません)、

 

きっと人は(少なくとも個人的には)、

 

どんな過去も肯定するんじゃないかなあって。

 

もちろん「あのときこうすればよかった、ああすればよかった」っていう後悔はあるかもしれませんが、後悔していても仕方がないと気づいたとき、

 

「あの過去があったから今の自分がいるんだろう」

 

と開き直ってしまう気がします。

 

開き直ることがいいか悪いかという話をしたいわけではなく...

 

言い放ちたいことは(拾ってくれるベースボールプレイヤー募集中!)、

 

どんな過去も肯定するとした場合、

 

どうせ肯定するなら自分が肯定したいと思うものを肯定したい。

 

(え、なんか日本語がおかしい...?)

 

今この瞬間に2つの選択肢があるとしたら、未来の自分がより肯定したいと思う方を選びたい、そう思う今日この頃です(この頃というのは21:55... また無駄に文字数増やしちゃいました笑)。

 

II. 好きなことを仕事にする?

 

自分の好きなことを仕事にしたい。

 

頭ではわかっていても、実行するのは難しい...

 

なぜ?

 

勇気が足りないから?覚悟が足りないから?熱意が足りないから?

 

「自分の好きなことを仕事にしたい」という言葉の中には、ある一句が隠れている気がします。それは...

 

「自分の好きなことを仕事にしたい。でも生活水準は保ちたい。

 

この考えはわがままでしょうか。それとも当たり前でしょうか。

謎は深まるばかりですね...(もしギャラが用意できれば名探偵コナンを呼びたいところですが、やめておきましょう...)

 

今の生活水準がどれぐらいなのか、今の生活水準をどれぐらい保ちたいのかにもよる気はしますが、少なくとも必要最低限の衣食住を保てる生活水準は欲しいですよね(え、欲しくない?恐れ入りました...)。

 

ただ、必要最低限の生活水準を保てればよいのなら、結構いろんな仕事の選択肢がある気がします。

 

しかし、もし結婚して子どもが産まれて...となったら、生活水準を下げる選択を取ることのハードルはより一層高くなる気がします。

 

そこで浮かび上がってくる疑問が...

 

1. 自分の好きなことを本業としてやっていきたいのか。

 

2. それとも自分の好きなことを副業としてやっていきたいのか。

 

3. それとも自分の好きなことは休日に趣味として楽しみたいのか。

 

※きっとこの他にも選択肢はあることでしょう... 人生パイオニアのみなさま、教えてください...!

 

人によって選択肢は異なると思いますが、

 

「自分の好きなことを仕事にする現象」が増えたら素敵だなあと純粋に思います。

 

一方、好きなことを仕事にすることで、好きなことが楽しめなくなる現象もあるのかなあなんて思ったりもします。「仕事にする=お金をもらう=人がお金を払いたいと思える何かを提供する」わけなので、今までは自分が好きなことを思うがままにやっていればよかったものを、今度は「誰かに受け入れられる形」でやる必要がある。誰かに受け入れられたときはすごく嬉しいけれど、誰にも受け入れられなかったときはすごく虚しくなる。そんなこんなで、好きなことを「本業」とすることは素敵でもありいばらの道でもあるかもしれませんが、好きなことを仕事にしている人は純粋に素敵だと思います。

 

III. 好きな人を顧客にする?

 

ただ、好きなことを「お金を稼げるほどの仕事」にするまでって、人にも運にもよりますが、それなりに準備なり時間なりが必要なのかなあって。

 

となったときに、「お金をそんなに稼げなくてもいいから好きなことを仕事にする!」だったり、「好きなことを通じてお金を稼げるようになるまでは、今の仕事を続ける」だったり、いろいろな選択肢がありますが...

 

今の仕事を続ける選択をした場合、そして今の仕事に何かしらのモヤモヤがある場合。

 

「仕事をもらえるだけありがたいと思え」

 

なんて言葉もありますが、もし仕事が辛いときは、ありがたいと思うことにも限度がある気がします。

 

「若いうちは仕事を選ぶな」

 

なんて言葉もありますが(え、ない?社風の違いとはもしやまさにこのこと...!)... 会社という組織の中では確かに仕事を選ばずに何事も懸命にやる人が評価されるのかもしれませんが、会社という組織の枠を一旦忘れて考えたとき...

 

仕事における派手な失敗をまだ知らず、根拠のない自信がある?若いうちだからこそ、仕事を好きに選んでもいい気がします。

 

社会人になってよく思うことは...

 

「どうせ働くなら、自分が仕えたいと思う人に対して仕事をしたい。」

 

そんなことが言える身分なのかって団塊世代(はっ!一括りにしてしまってごめんなさい)からは喝を入れられそうな気はしますが、発言の自由が認められている日本ではそんなことも言えると信じています...(え、そういう問題じゃない?まあまあ、緑茶でもお飲みに...)

 

先ほど述べたように、好きなことを仕事にすることは、場合によってはリスク(うまく稼げないリスクだったり、稼ぐことに精一杯になって好きなことを好きではなくなってしまうリスクだったり)が伴うからといって、あえて本業にしない人もいるかもしれません。

 

あと、まずは好きなことを副業として始めて、次第に本業へと昇華させていく... なんて道もありますね(昇華と書いていたら中華が食べたくなりました... 親父ギャグみたいですね... あ、親父ギャグにも満たないかもしれないですね...)。

 

どちらにせよ、好きなことが本業ではない期間、どのように本業の仕事を捉えるのか。

 

「仕事=お金を稼ぐための手段」

 

といって割り切れたらいいのかもしれませんが、どうせ働くならやっぱり夢中になれるものがいい。どうせ月曜日から金曜日まで働くなら、やっぱり頑張りたいと思えるものがいい。

 

そんな気持ちを抱きながらも、月曜日はやってきますよね(こんにちは月曜日、さようなら日曜日...)。

 

「泣いても笑ってもどうせ過ぎる8時間なら、いっそのこと楽しもう」

※↑あ、みなさんに布教しているわけではなく、勝手に自分に言い聞かせているだけです。笑

 

今の仕事が合う・合わないを考えて悶々としていても仕方がないので、月曜日から金曜日は思い悩むのをやめて潔く仕事に打ち込むことにしていますが、ゆくゆくは(できるだけ早い段階で)やっぱり自分が夢中になれることをしたいなあと思う今日この頃です。

 

そこで、好きなことを本業とはしない場合、好きなことがまだ本業ではなく副業または趣味段階の場合、または好きなことを本業とするために別の仕事をしてお金を稼ぐ場合、一体何を本業としたいのかについて考えたとき...

 

「与えているものー求められているもの」

 

こんなシンプルすぎる式で表せたら苦労しないぜ!なんて声もちらほら挙がっているかもしれませんが(記事を読んでいる人の声がリアルタイムで聞こえたら面白いですね... あ、もしやそれがニコニコ動画...?)、この式の左側にも右側にも納得できる仕事こそが、天職といえるものなのかな、なんて考えています。

 

「自分の好きなこと=与えているもの、求められているもの」だったら個人的には文句なしですが、自分の好きなことがよくわからないとき、自分の好きなことをまだ「与えているものー求められているもの」の式に当てはめられないときに、ただ純粋に仕事を通じて「与えているものー求められているもの」に納得感を持てるかどうかが、仕事への満足度に関わってくるのかなあ...と妄想しています。

 

なんだかもうちょっと踏み込んで言い換えると、「好きな人・応援したいと思う人の役に立つこと」をして働きたいです。好きな人、というのは、恋愛云々というよりは、「この人が喜ぶならいっちょ頑張ってもいっか」と思える人のことです。自分の周りの人だったり、自分と生い立ち・境遇が似ていてなぜか会ったこともないのにその人のことを見聞きしただけで共感をもてる人だったり...

 

人のために生きることは空振りすることもあるし裏切られることもあるかもしれないし(決してわたしは人間不信者ではありませんよ!笑)、だから「人のために」ではなく「人を意識して」生きることが大切なんだろうなあと思っています。そしてどうせ働くなら、

 

仕事をする上で「意識する人」が自分にとって何かしらの繋がりがあったり応援したいと思えたりする人だといいなあって。

 

 

(↑ゆとりアゲイン... おこがましいことは承知です...)

 

何が言いたいかというとですね...

 

一旦「自分の好きなこと」と「仕事」を切り離して考えたとき、

 

やっぱりソーシャルビジネス面白そうだなって思います。

 

第1回目の投稿で(何度も引用してすみません...)、「国際協力を仕事にしたら求められていないかもしれない虚しさに直面するのでは」といったことを述べましたが、だからといって民間企業の今の仕事が「本当に求められているのか」といったら疑問に思うこともあり...

 

確かに一定数の人々からは求められているのかもしれませんが、もうちょっとズームアウトして考えたとき、自分の仕事が本当に求められているのか、求められているとしたら誰に求められているのか、自分は本当にその人のために本気になって働きたいのか、について考えたとき、おこがましいながらにも疑問が浮かんではちょっと虚しくなることがあります。

 

コンサルタントならどんなお客様のためにも本気になって打ち込むことが流儀だろ!」なんて喝を入れられてしまいそうですし、確かにその通りだと思うので今は自分にできることをやろうと思っていますが、

 

どうせ働くなら、そして国際協力の仕事においても民間企業の仕事においても「何かしらの虚しさ」はつきものだとしたら...

 

ということで、一旦「好きなこと」とは別に「生計を立てるための手段としての仕事」をするとなったとき、コンサルタントを目指した理由でもあるソーシャルビジネスに再び関心をもっています。

※もちろん好きなこととソーシャルビジネスは両立できると思いますが、そのときはあくまでも「誰かのために」ありきとなって空振りするのではなく、「誰かを意識しながら自分の好きなことをする」精神を大切にしたいです。

 

ちなみに...

尊敬する活動をなさっている元コンサルタント2名の本をご紹介します。小沼大地さんは「仕事」、Adam Braunさんは「教育」に焦点を当てて活動しているのですが(Adam Braunさんの本についてはまさかのまだ読んでいないので、これから読みます笑)、2人ともすごいです。なので、なんていうか、関心のある人はぜひAmazonでポチッとなしてください(ブログを初めてまだ2ヶ月目でアフィリエイトとかはやっていないので、Amazonで、と指定したのはあくまでもノリですが... なのでお好きな媒体でご購入ください笑)。

f:id:yuzubaby:20180331233318p:plain

https://images-fe.ssl-images-amazon.com/images/I/515Yr7yPVBL.jpg

f:id:yuzubaby:20180331233917p:plain

↑ The Promise of a Pencilの日本語ver

 

ということで!

 

好きなこと(書くこと、旅すること)がどのように本業となっていくか否かはCMの後で状態ですが、社会人2年目に突入しようとしている今の決意(かの有名な、自分にとっては大きな1歩でも人類にとっては小さな1歩というやつですね笑)としては...

 

「好きなことをして生きる」を大切にしつつ、月曜日から金曜日までの5日間に対して「お金を稼ぐ手段」以上の納得感をもって働くため、平日はソーシャルビジネス(選択肢としては、入社2年目から参画できる社内のプロボノ制度だったり前々から練っているカフェ構想だったり...)、休日・休暇は好きなことをやる。

 

そんな生き方を妄想しつつ、今日は眠りにつきます...

 

新卒1年目の藁をも掴むような投稿を読んでくださったみなさま、ありがとうございました!みなさまによき春が訪れ、悪しき花粉症が立ち去りますように!(花粉症マニアの方がいたらごめんなさい... え、花粉が飛ばなければ自然界が成り立たないんだぜバカヤロー?おっしゃる通りですね... なら、花粉も仕方ないですよね...)

 

ちなみにカフェ構想(まだ実態を公開すらしていないですが笑)にご興味のある方はぜひお便りください(いつの時代でしょう... でもアナログ好きなのでまあよしとしましょう)!